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プリンセス・ダイアナ 世界中が愛した悲劇のプリンセス

1981年2月に英国皇太子チャールズとの婚約が発表され、同年7月に結婚。20歳の若く美しいプリンセスに全国民が祝福し、世界的な歓迎ムードの中、ロイヤル・ウェディングは行なわれました。
1982年に長男ウィリアム王子、1984年には次男ヘンリー王子が誕生します。

子どもたちにさまざまな体験をさせたいと望んでいたダイアナ元妃は、公式訪問に王子たちを連れて行くこともありました。運動会ではほかの来場者たちにまじって競技に参加することもありました。憧れの理想の家族だと誰もが思っていました。

しかし、皇太子チャールズの不倫が公になり、1996年8月に離婚。離婚後も二人の息子の母として、王子たちに精一杯の愛情を注ぎました。英国王室のスキャンダルに世界中が注目し、離婚した後も彼女の人気は衰えることなく、さまざまなプライベートが話題となりました。

一方で、社会的に弱い立場にある人々のための、1987年のエイズ啓発活動をはじめとした、地雷廃止運動や赤十字の活動への取り組みもクローズアップされます。その生涯で100以上もの慈善団体を支援し、各地を訪れて多くの人に勇気と励ましを与えてきました。活動は離婚後も続けられ、1997年にはアンゴラの地雷原を歩いて対人地雷の全面禁止を訴えました。人々に衝撃を与えたその映像を記憶している方も多いことでしょう。


1997年8月31日未明のパリ。悲劇は突然訪れました。
36歳という若さで交通事故により急逝。そのニュースは、世界各国を駆け巡り、彼女の早すぎる死に世界中が驚愕し、涙しました。“Leave me alone”という言葉を遺し、帰らぬ人となったのです。ケンジントン宮殿に届けられた花束は、絨毯のように敷きつめられ、30mもの長さにおよびました。
「民衆のプリンセス」として人々から慕われたダイアナ元妃。
没後10年の今もなお、彼女の功績は讃えられています。